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今月の実務の動き 今月の実務の流れがわかる

人事労務について、最近の注目すべき点や改正などの情報をお届けいたします。

定額残業代

2018年10月22日 掲載

 残業時間数にかかわらず、一定額をあらかじめ残業代名目で支給する制度が定額残業代です。定額残業代を超える残業代が発生しない限り、いくら残業をしても給与が増加しないため、だらだら残業を抑止する効果や、定額分を既支給とすることで残業代請求のリスクを低下させる等といった効果のほか、給与の額面を高く見せることができるという印象面での効果などが期待できます。一方で、一定範囲では残業の有無・時間数にかかわらず給与が変わらないため、社員のモチベーションに悪影響を与える可能性があることや、本来支払うべき残業代より高額な人件費を固定で支出することになる(可能性がある)等といったデメリットも考えられます。

 

 これらのメリット・デメリットをどのように評価するかは経営に関わる判断となりますが、定額残業代については、そもそもどのような場合に適法な残業代の支払い方法と認められるのかという法的な側面の問題があります。この点について、裁判例の判断は錯綜していましたが、近時、最高裁が一定の明確な判断を示したことで、従来からの解釈上の疑義が解消されました。
 

 裁判実務が錯綜した大きな原因の一つとして、テックジャパン事件最高裁判決における櫻井龍子裁判官の補足意見が挙げられます。同補足意見は、定額残業代が適法な残業代の支払い方法として認められるためには、定額残業代を超える残業代が発生した場合に別途上乗せして残業代を支給する旨があらかじめ明らかにされていなければならないとし、また、そのようなあらかじめの合意に沿った支給実態の有無も同合意の存在を推認する上で重要な事情になるかのような見解を示していました。そのため、下級審では、たんに定額残業代の合意があるのみではなく、これを超える残業代が発生した場合の上乗せ支給に関する合意の有無や、同合意に沿った支給実態の有無を重視する裁判例が散見されました。
 

 しかし、上乗せ部分を支払っていなかったとしても、それは割増不払いの事実を意味するのみであり、なぜそれによって定額残業代の支払い部分の有効性まで否定されるのかということの理論的根拠は不明でした。

 

 また、裁判例の中には、上乗せ支給の合意やそれに沿った支給実態といった事情のほか、あまりに高額の定額残業代を支給している場合など、基本給とのバランスを欠いていたり、長時間の残業に相当する手当が織り込まれていたりする場合には、不合理な合意内容であるとして定額残業代の有効性を否定する裁判例などもあり、定額残業代の有効性の判断基準に関する裁判実務は錯綜していました。

 

 そのような状況の中、最高裁は、薬剤師に支給されていた固定残業代の有効性が争われた事案において、定額残業代の有効性に関して判断基準を示しました。同事件の高裁判決は、上記櫻井裁判官の補足意見を踏襲するような形で、「いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる。」と判示し、定額残業代の有効性を否定しました。
 

 しかし、最高裁は、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。しかし、労働基準法37条や他の労働関係法令が、当該手当の支払によって割増賃金の全部又は一部を支払ったものといえるために、前記3(1)のとおり原審が判示するような事情(筆者注: 上記高裁判示部分のこと)が認められることを必須のものとしているとは解されない。」とし、定額残業代の支払いを有効と認めました。

 
   同最高裁判決により、定額残業代が有効と認められるための要件として、定額残業代を超える残業代が発生した場合の上乗せ支給に関する合意や、同合意に沿った支給実態、さらには、基本給と定額残業代の金額のバランスや労働者の福祉状況などの事情が必須のものとなるわけではないことが明確にされました。

 

 これにより、定額残業代の有効性に関する判断基準が明確になり、実務上の混乱も収束されるものと考えられます。ただし、同最高裁判決は、定額残業代の有効性を判断する際に考慮すべき事情として、当事者間の合意内容や使用者からの説明内容のほか、労働者の実際の労働時間等の勤務状況も挙げています。定額残業代の有効性を判断するにあたって、労働者の実際の労働時間という事情が具体的にどのようにして考慮されるのかはまだ不明確ですが、少なくとも最高裁の判示によれば、当事者間の合意や使用者からの説明のみでは定額残業代を有効と認めるに足りない場合もあり得ることに留意し、会社としては、労働時間の実態からかけ離れた制度設計・運用となることがないよう注意する必要があるでしょう。

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